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大出万吉の生涯→万吉の息子梅市の記録

大出家は広島県御調郡因島重井村字東濱字川口に先々代農業と兼業に海運業を開き当地より、四国は高松湊、上は大阪湊、下は下関、博多に問屋を取扱い致し居りしに、明治15年頃、都合により大阪北区上福島町に移転いたすことになった。  父万吉その妻ミヤ、長男梅市と連れ子(御重、御ヤス、御ふゆ、徳次郎)、 万吉の両親(梅吉、光子) 計9人の家族でした。  その当時は、業に人力車を曳き致しており、その後八百物商を営み、車の後押しを梅市は致しておりました時代、  明治18年7月頃に大阪東の河内村より雨ふり15日続き大水となり淀川に流れ 北区天満町上福島は全部水害を被り避難を御寺堂御宮社に耶蘇教があり、その時 大出父母全員、北区中之島、北一致教会堂に10間ほどおり、牧師吉岡弘義氏の 説教によりキリストの救いを受けたのであります。   それより父万吉は熱心なクリスチャンとして、業界、友人を沢山、内々に導きました。   明治36年生地広島重井村に帰り、独自のキリスト教を村人に伝道して居りました。その頃の時、神キリストの導きに依り伝道船福音丸が回り来まして、  船長ビッケル氏、牧師伊藤巳之助氏により、父万吉も伝道者となりました。

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